スキーボードの起源

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スキーボード、ファンスキーの歴史を紐解く

スキーボード、ファンスキーの歴史を語るには、まずスキーの起源から語らなくてはなりません。

スキーの起源

日本にスキーが伝わったの今から100年ほど前の明治44年(1911年)のことです。オーストリア陸軍より伝来されたのが始まりと言われています。

当時のスキーのストックは1本のみで、1本オールのようにして使用していたなど、今とは随分と様相が異なることも多々あったようです。

普通のスキーの歴史に触れていくと長くなるのでここでは割愛させて頂きますが、日本に伝わったスキーと言う文化は、求められる性能や滑る場所に応じて、時代を経るごとに進化をしていったようです。

その進化の過程の中でスキーの亜種とも言えるべきものも登場してきました。

それは例えばテレマークスキーであったり、モノスキーであったりするのですが、そのような亜種スキーの一つがスキーボード、ファンスキーなのです。

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スキーボードの先祖

しかしスキーボード、ファンスキーはいきなり登場したわけではなく、その一歩手前にスキーボードの先祖とも言える別の形状のものがありました。

Bigfoot(ビックフット)やガウアー、フューゲルスキーなどがそれに当たります。

バブル時期のスキーの爆発的ブームによりスキーの楽しみ方が多様化する中で登場したこれらのスキーは、その形状から非常にインパクトがあり一気に世間的知名度を得ることは出来ました。

しかし実際には一部の愛好家には親しまれる程度に留まり、スキーの中では極少数派の異端児扱いとなっていたようです。ここら辺は現在のスキーボード・ファンスキー事情と多少通じるところがあるかもしれませんね。

因みに、現在スキーボードにははさまざまな形状があり、ビッグフットなどもこのカテゴリに含めることが出来ると思います。しかし登場当時はこのようなカテゴライズするような考え方は浸透しておらず、ビッグフットはビッグフット、ガウアーはガウアーと言ったように単一種とも言えるべき存在でした。

それではスキーボードやファンスキーが現在の形で歴史上に登場したのはいつのことでしょうか?

スキボダGJではスキーボードとファンスキーを同意語のように扱っていますが、両者は実は全く別の場所からそれぞれ登場してきました。

ファンスキーの登場

それは1991年のことでした。

この年の冬に草津国際スキー場でとあるイベントが催されました。このイベントはBigfootやガウアー、フューゲルスキーなど短いスキーを対象とした当時としては異例のイベントでした。

開催にあたり当時の実行委員会がこれらの短いスキーに対して『Fun(楽しい)Ski(スキー)』と言う名称を定義してその魅力をアピールしたとされています。諸説はありますが一般的にはこれがファンスキーと言う名称が登場した最初のイベントと言われています。

因みにこの時のイベントの名称は『ファンスキーフェスティバル』だったそうで、イベント名称にまでなったファンスキーへの当時の期待っぷりが窺い知れると思います。

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スキーボードの登場

スキーボードと言う名称が産まれたのは1994年、現在もフリースタイル系などのスキーの開発・製造・販売を行うスキーメーカー『LINE(ライン)』社の代表が学生の時に、大学の卒業作品として今までにない新しいウインターギヤとして短い板を製作し、それを『スキーボード』と命名したのが始まりとされています。

スキーボード、ファンスキーの起源 まとめ

スキーボードとファンスキー、ご覧のとおり登場は全く別物ではありますが、世界と日本で僅か数年の差で登場したと言うことは、スキーの進化と言う過程の中で何かに求めらていたのかもしれません。

そしてスキーボード、ファンスキーは登場から約四半世紀と言う時間が経過しました。今後更なる進化を遂げるかもしれないスキーボード。そのスキーボードの歴史は皆さんのような根強いファンに支えられてこれからも続いていくことだと思います。

最後に、スキーボードやファンスキーについての詳細は『スキボとファンスキーの違い』で詳しく取り上げていますので、興味がある方はそちらもご覧ください。

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